バリア


赤ん坊は、手を握って生まれてくる。
そして、生まれ落ち、握った手を開いた時に放してしまった、その手のひらの中にあったものを、
もう一度つかもうとして、人は生きるのだ、と、何かで読んだことがあって、
生きる意味ってたぶん、そういうことなんだろうな、と思うのです。




「痛み」って、感じたことのある人にしか、たぶん解らない。
でも、感じさせることは出来るんだなって、今夜のドラマを見て思いました。
義家役をやった櫻井くんは、「伝わる」人。
でも、「伝える」ために、彼がしたであろう努力は、はかり知れない。
ホントにね。
「もっと辛いことはたくさんあった。だからまだまだやれる。」
義家って男の子は、自分の気持ちは誰にも解らないと思ってた。
それは、自分が他人の気持ちを解らなかったからだと思う。
彼のバリアは、外からのものを防ぐ代わりに、中からも発することが出来ない、硬質のもの。
そんな「痛み」は、櫻井くんの中にもあったんだろうな、と。
なんかちょっとね、思いました。
今朝、母が、「大人になるということは、他人の気持ちを考えられるということだね」
と、言っていたんですけど、きっと、そうなんだろうなって。
年齢重ねればいいってもんじゃないんだよなぁ、って。
・・私は果たして、大人なんだろうか・・・?(悩)