気負わずに、ひるまずに。

この間、プーだった友人の就職が、やっとこ決まりまして、
確か今週から、勤務しているハズ。
お疲れさんどす〜。(私も頑張るわ!)


誰かに「必要とされる」ということは、人間が生きてく上において、必要なことだと思う。
仕事でも、友人関係でも、どこかでつながっているということは、
お互いに必要とする部分が重なっているということ。
それはただ、「好き」という感情から生まれるものであってもいいし、
お互いの魅力や能力であってもいいと思う。


仕事を探していて、どこかに入りたいと思っても、採用してもらえないこともある。
そういう状態が長く続くと、自分の土台的なものが揺らぎ始めて、
自分は社会にとって必要ではないのかもしれない、と思うようになったりもする(らしい)。
私は求職活動が、そんなに長期に渡ったことはないけれど、それでも何度か仕事を変えているし、
専門学校を卒業してしばらくは、舞台なんかのオーディションを受けたりもしていたので、
自分という「個」を他人に必要とされることの難しさなんかは、少しだけ、解る。
努力したからといって、それが必ずしも実るとは限らないけれど、
努力をしなければ、先には進めない。
障害があっても進む強さと、「自分」にとっての正しいベクトルを見極める力。
“信念”と“思い込み”は紙一重で、その成否は、誰にも判らない。
時代によっても変わるのだろうし、人によっても変わるのだと思う。
だから、信じるしかないね。「自分」というものを。
自分がこれまで成し得てきたことと、そしてこれまで目指してきたことを。
迷ったり、悩んだりする。
それは誰もが、大なり小なり心に抱くものだから。
自分の一部として抱えて行くものだから。
だから、上手く笑えない時は、無理に笑わなくてもいいけど、
いつも楽しいコトは探したいね。
そしたらそのうち、普通に笑ってるよ、きっと。


自分がわからなくなったら、好きなものを紙に書き出してみる。
食べ物、飲み物、スポーツ、遊び、人、家族、音楽、本、etc.
それが、自分。
それが、ただ一人の「あなた」。
そんな、たくさんの「好き」から出来ている「あなた」は、
自分で見てみて、どんな人間なんだろう?
面白いヤツ、って思う?
平凡だな、って思う?
じゃあ、どうしたらカッコよくなると思う?
そうやって、自分をプロデュースしていくと、結構楽しめる。


と、思います、ハイ。